第五話 いそぎんちゃく

2.足


 びょうびょうびょう……

 風で波打つ草原が、物悲しく鳴いている。 灰色の空とあいまって、足を止めさせるには十分な不気味さだ。

 「……」

 しかし若者達には他にあてがない。 風に胴震いしながら、僅かな痕跡を辿って草原に足を踏み入れた。


 「おいあんた……いけねぇ。 やっぱこの女、頭が変だ」

 アメパンは女の前に立ち、身振り手振りで意思を伝えようとするが、女は岩場にしなだれかかった姿勢でニタニタと

笑み崩れ、時折あの奇怪な笑い声を上げるだけだった。

 (もったいねぇ……いい体してるのに)

 そう思って一歩前に出た。 あと一歩で女に触れそうな距離だ。

 ククッ……

 女が喉で笑ったような気がした。 と、女は優雅なしぐさで足を上げ、つま先でアメパンの腹に軽く触れる。

 「おい?」

 女の意図を測りかね、アメパンは首をかしげるが、女はかまわず、つま先で水泳パンツの縁をずり下げていく。

 「……」

 アメパンの息子が、恥ずかしげに顔を出す。 女は指先で息子をはさみつつ、さらにパンツをずり下げる。

 ヒクッ、ヒクッ……

 女の指の間で、アメパンの息子が芋虫の様に悶える。 しかし奇妙なことに、アメパン本人は固まったように立ち尽くす

だけだった。

 クフッ……

 女は喉の奥で笑うと、さらに足を下げていく。 その動きに反比例して、赤紫色に染まったアメパンの息子が、足指の

間から伸びていく。

 ビクン……ビクン!

 そこだけが生きているかのように、不気味に蠢く息子。 それが激しく脈打ちだした。

 「う……うぁ……うぁぁ……」

 アメパンが呻いた。 熱い、股間のものがたまらなく熱い。 その熱が、体の中に染みとおってくる。

 「うげぇ……げっ……げっげっげっ……」

 体の奥から、ねっとりとした熱がこみ上げてくる。 異様な感触にアメパンは膝から砂地に崩れ落ち、仰向けに倒れた。

 「ぐっ……ぐぐっ……」

 獣の様に唸るアメパン、その股間は激しく震え、何かを訴えていた。

 ゲハッ…… 女は下品に声で一声笑い、足の裏でアメパンの股間を軽く踏み、円を描くように足を回す。

 「だっ……だはっ……でへっ……」

 女の足の下で、アメパンは喜びに唸った。 体に広がった熱が、一瞬で快楽に変わったのだ。 痺れる快感に支配され、

アメパンの体が砂の上で不規則にに跳ねる、そして。

 ヒクヒクヒクヒク……ドクン!

 全てを出し尽くすような絶頂感が股間で破裂した。 アメパンは頭の先まで真っ白になり、そして気を失う。

 ケッケッケッ…… 女が嬉しそうに笑った。

 ザワザワザワ…… 気味の悪い音が辺りを満たしていく。


 「おい、ほんとに道なんだろうな……」

 「俺が知るか」

 「何!手前が道だといったんだろうが!」

 「無責任だぞ!」

 「何ぃ!俺は道じゃないかと言ったんだ!」

 若者達は無意味な言い争いを始めた。 そのままにしておけば、殴り合いになったろう。

 「おい、火が見えるぞ」 一人が草原の向こうを指差した。

 「なに?」

 他の者達は言い争いをやめ、そちらを見る。

 「ほんとだ、誰かいるぞ」

 「それみろ、俺の言ったとおりだ」

 「お前は道があると言っただけだろう」

 再び言い争いになりそうだったが、疲れがそれを許さなかった。 ぶつぶつ文句を言いながら彼らは、遠くに見える火を

目指した。


 ”う……うん”

 アメパンは気だるげに目を開けた。 体がだるい。

 『気がついた?坊や』

 (坊や?……俺か……おれは坊やだったのか?)

 頭がはっきりしない、目を開けると美しい女の顔が目の前にあった。

 ”……わっ!”

 跳ね起きようとしたが、何か柔らかいものに押さえつけられている。

 ”おれ……いや、僕はどうしたの?”

 なんとアメパンは、仰向けに横たわった女の人に抱かれていた。 彼の下で、ふくよかな女体が息づいている。

 『可愛い……初めてなのね』

 ”初めて?……初めて……”

 『そう……貴方は初めて……貴方の初めては私よ』

 そう言われると、アメパンは初めて女の人に抱かれたような気がしてきた。

 ”そう……初めてなんです……”

 『そうなの……うふ……素敵な夢を見せてあげる』 

 女はそう言って、アメパンの下で体をくねらせた。 柔らかい女体が波打ち、アメパンをしっかりと咥え込む。

 ”うわ……”

 『うふふ……捕まえちゃうぞ……』


 若者達が草原を抜けると、出て岩でできた小さな丘があった。 その丘はいくつか窪みが空いており、その一つで

老人が焚き火にあたっていた。

 「やぁ助かったぜ」

 彼らはずかずかと焚き火に近づき、断りもせずに火にあたる。 老人はじろりと彼らを見たが、何も言わずに火に視線を戻す。

 「無愛想な爺さんだな」

 「そうそう。 人間、助け合いの精神が大事だぜ」

 勝手なことを言いながら、手近にあった枯れ草らしきものを火にくべようとする。

 「なにすんじゃ!」

 「何って、火を大きくするんだ。 ケチケチすんなよ。 枯れ草ぐらいいくらでもあるだろうが」

 「阿呆どもが! ほたらこと言うなら、あるけどうけ、探してみんかい!」

 「あ? 何語だ今の?」

 「ばーか、なまってるだけだ。 ケチな爺だなぁ」

 文句を言いながら、若者達は一旦窪みから出て、辺りを探す。

 「みろ枯れ草くらい……なんだ湿ってら」

 「他を探せば……ちっ、こっちもか」

 ぶつぶつ言いながら若者達は辺りを探した。 しかし、海草のような物があちこち落ちているのだが、程度の差こそあれ、

ほとんどが湿っていた。 それでも、人数がいるのでそこそこの量の枯れた海草を集める事ができた。


 「これで文句無いだろ」

 海草を火にくべ、彼はようやく体を暖めることが出来た。 

 「爺さんよ、俺達は流されてここに着いたんだ。 ここはどこだ?」

 「おらも、知んね」

 「は?」

 「漁をしてたら、風で流されただ。 空も見えねから方角もわかんねから、ここで休んでただ」

 「おいおい、勘弁してくれよ」

 「嵐が去るまで、動かんが利口だべ」

 「なんてこったい」

 若者達は落胆の声を上げる。

 「ついてねぇぜ」

 「ああ、そういゃアメパンは? まだ来ないのか」

 「ほっとけ、火が見えたらここに来るさ」

 そう言いながら、若者の一人が一掴みの海草を火にくべる。 パチンと焚き火がはぜた。

【<<】【>>】


【第五話 いそぎんちゃく:目次】

【小説の部屋:トップ】